アトピー性皮膚炎とスキンケア
アトピー性皮膚炎の発症と増悪因子
アトピー性皮膚炎では、多くの患者で血清IgEの高値が見られ、TH2細胞が主役を演じていると考えられてきた。喘息を併発する患者も多く、もっぱら、TH2免疫異常が発症原因との考えが主流であった。しかし、約20%の患者ではIgEは正常値である。さらに、アトピー性皮膚炎の皮膚症状は、接触皮膚炎と同様にTH1細胞による炎症症状を呈する。
また、30年ほど前に、アトピー性皮膚炎の発症を説明する“衛生仮説”と呼ばれる考えが提唱された11)。これは生育期における感染源暴露に逆比例して、アトピー性皮膚炎が発症するとの疫学調査であった。その後、乳幼児期までの感染あるいは非衛生的環境がアレルギー発症の低下に関係していることを示す疫学データーが報告されている12)。この考え方を支持する研究報告として、アレルゲンが高濃度になると生体の防御機構は、免疫抑制に働く抑制性T細胞(Treg)が活性化されるとの考え方が提示されている13)。しかしながら、現時点では、アトピー性皮膚炎発症におけるTregの役割についてのコンセンサスは得られていない。
さらに最近では、2006年のPalmer CNAら14)がアトピー性皮膚炎患者では、角化細胞の主要なタンパク質であるフィラグリン遺伝子に変異があるとの発見があり、皮膚のバリア機能の破たんが、発症に大きくかかわっているとの考えを、強く支持する結果を示した。フィラグリン遺伝子変異を持つと約3倍高い危険因子となるが、多くのアトピー性皮膚炎患者はフィラグリンの遺伝子変異を持っていない。Epigeneticな影響で、フィラグリンタンパク質が質的あるいは量的に異常になっている可能性が考えられる。さらに、フィラグリンタンパク質以外に角層のバリア機能にかかわっているロリクリン、インボルクリンやS100タンパク質などの異常もアトピー性皮膚炎患者で認められている15)。なお、アトピー性皮膚炎の発症機序の違いから、外因性と内因性に2大別する考え方がある。外因性とは、角層のバリア機能の破たんによりアレルギー反応が起きたと考え、内因性は、バリア機能が正常な場合が多く、Th2サイトカインは、内因性に比べ多くはなく、Th1サイトカイン発現が亢進している。さらに、内因性では原因として金属アレルギーがあると報告されている16)。
近年、アトピー性皮膚炎発症の主原因は、経皮的なアレルゲンの侵入であることが明らかとなり、特に角層の遺伝的あるいは後天的バリア機能低下との関連で発症・増悪因子を同定しなくてはならないと考えられる。つまり、バリア機能が低下した表皮よりアレルゲンが侵入し、T2型のアレルギー反応が優位に働き、IgEやIL-4の生成が高まり、皮膚炎が惹起されるとの考えである。
現時点でのアトピー性皮膚炎の発症主因子は、ダニ、ハウスダストなどの環境因子や食物因子であり、増悪因子としては、発汗、衣類や化粧品の他、石鹸やシャンプーなどによる表皮角層の剥離があげられる。
すでに疫学研究で明らかになってきているが、食物のアレルギー抗原となっている卵、牛乳の摂取を、妊婦あるいは母乳摂取時期に制限しても、アトピー性皮膚炎の発症率を低下させる効果がない17)。さらに、生後、早い時期に皮膚のバリア機能を高める外用剤を使用すると、アトピー性皮膚炎の発症率が優位に低下するだけでなく、喘息やアレルギー性鼻炎の発症も低下するとの報告があり、dual allergic exposure hypothesis (生後早期に経口で食物蛋白アレルゲンに接するとトレランスが誘導され、バリアが破壊された皮膚を介した接触はアレルギー性の感作が誘導される)として注目されている18)。
また、表皮角層のバリア機能低下を示す稀な遺伝性疾患であるNetherton症候群(魚鱗癬症候群)は角層剥離に関与する酵素活性を抑制する蛋白質(serine protease inhibitor Kazal-type 5)の異常のため、角層剥離が行進し、アトピー性皮膚炎症状を呈することが知られており、角層のバリア機能低下がアトピー性皮膚炎の発症に関わっていることを強く示唆している19)。
神戸大学名誉教授市橋正光先生
神戸大学大学院医学研究科博士課程修了。専門は皮膚科学、とくに紫外線の皮膚への影響について長年にわたり研究。海外でも皮膚科医育成、治療に携わる。